第4回|上場後IRの始め方 —— 価値創造ストーリーとMVV見直しで「投資家との対話の土台」をつくる
1. はじめに
本連載『IPO準備から始める「エクイティストーリー」のつくり方』の第3回では、企業価値の構造を、投資家に伝わる説明軸としてどのように組み立てるかを考えました。
IPO準備段階で整理した価値創造ストーリーは、成長可能性資料や投資家説明のためだけのものではありません。IPOは資本市場との継続的な対話の始まりであり、価値創造ストーリーは、上場後も自社の成長可能性や経営の意思を伝え、更新していく「対話のための土台」となります。
最終回では、この土台を上場後のIRへ展開し、投資家との対話から得た示唆を経営へどのように還元していくのかを解説します。
2. 上場後IRでは、進捗と変化を一貫して説明する
IPO準備段階では、事業内容、強み、成長戦略、財務計画などを整理し、投資家に成長可能性を伝えます。一方、上場後は、そこに「進捗」と「変化」の説明が加わります。
・ 計画は、どの程度進んでいるのか。
・ 市場や競争環境に、どのような変化があるのか。
・ 戦略の実行を通じて、どのような成果や課題が見えてきたのか。
・ 計画との差異に、経営はどのように対応しているのか。
投資家は、上場時に示された価値創造ストーリーが、その後どのように実行されているのかを見ています。経営計画の進捗、課題認識、対応策を一貫した流れで示すことは、投資家の中長期的な理解と評価につながります。
上場後IRは、こうした説明を重ねながら、価値創造ストーリーを事業の実行や環境変化に応じて更新していくプロセスでもあります。
3. 価値創造ストーリーは、上場後IRの「共通軸」になる
上場後は、決算説明資料、IRサイト、株主通信、経営トップ・CXOメッセージ、統合報告書など、さまざまな媒体を通じて情報を発信します。
価値創造ストーリーが共通軸になれば、各媒体の役割は次のように整理できます。

また、上場後は、経営トップやCXOの言葉がより重要になります。業績数値だけでなく、経営が何を重視し、どのような前提と時間軸で成長を実現しようとしているのかが問われるためです。
こうした経営の考え方を、企業価値の構造と結びつけて継続的に言語化することが、上場後IRに一貫性を持たせるうえで重要になります。
4. IPO準備は、MVVを見直す機会でもある
上場後も一貫した価値創造ストーリーを発信するためには、方向性を示すMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)が、事業や成長戦略と整合していることが重要です。
一般的なMVVの構成
| Mission(ミッション) | 企業は何のために存在し、顧客や社会にどのような価値を提供するのか |
| Vision(ビジョン) | 将来、どのような姿を目指すのか |
| Values(バリュー) | ミッションとビジョンの実現に向けて、組織や従業員が大切にする行動・判断の軸 |
MVVが現在の事業や今後の成長戦略と整合していれば、経営の方向性と投資家への説明に一貫性が生まれます。
ところが、企業の成長に伴い、創業時に策定したMVVが、現在の事業や今後目指す姿と合わなくなることもあります。事業領域や顧客層が広がり、関わるステークホルダーも増える中で、従来の言葉では企業全体の提供価値を十分に表せなくなるためです。主幹事証券会社との対話を通じて、MVVの見直しや新たな策定が課題となる場合もあります。
MVVの見直しは「言葉の変更」ではない
MVVの策定・見直しは、理念を表す言葉を変更するだけの作業ではありません。企業は何のために存在するのか、顧客や社会にどのような価値を提供するのか、将来どのような姿を目指すのかを、改めて問い直す取り組みです。
こうした問いに向き合う際には、経営トップが第三者との一対一の対話を通じて、自らの考えを言葉にしていくことも有効です。
日々の経営判断の前提にある価値観や、まだ言葉になっていない問題意識、将来構想を掘り下げることで、経営トップ自身の考えが整理され、MVVと事業の実態、成長戦略との関係を見直すきっかけにもなります。
そこで言語化された考えを、経営陣や事業部門との議論を通じて検証することで、MVVをより明確にすることができます。さらに、MVVを起点として事業や成長戦略を捉え直すことで、MVVを経営の方向性を示す判断軸として機能させていきます。
このように、IPO準備段階におけるMVVの策定・見直しは、経営の方向性と、成長可能性資料、投資家説明、上場後IRを通じて発信する内容との間に一貫性を持たせる重要な契機となります。
5. 価値創造ストーリーを、経営と対話の「循環」へつなげる
価値創造ストーリーを整理する過程では、経営資源の不足、組織上の課題、戦略と実行の間にある課題などが明らかになることがあります。経営トップやCXO、事業部門長などが、自社の事業や経営に対する考えを言語化することで、これまで十分に整理されていなかった強みや課題が可視化され、戦略や組織を見直すきっかけにもなります。
さらに、上場後は、事業の実行や投資家との対話から得た示唆を経営へ反映し、再び投資家へ説明することで、価値創造ストーリーも更新されていきます。この関係は、次のような循環として整理できます。

この循環は、IPO準備における企業価値の構造の可視化やMVVの見直しを起点として、上場後の対話と経営の実行へ引き継がれます。価値創造ストーリーの構築は、組織内の目線をそろえ、共通の価値創造に向かう契機にもなります。
6. 連載のおわりに
IPOは、資本市場との対話の始まり
IPO準備は、企業価値が生まれる構造を見つめ直し、投資家に伝わる価値創造ストーリーとして構成することで、上場後のIRを支える土台をつくる機会でもあります。価値創造ストーリーは、上場後も対話と実行を通じて更新されていく説明軸です。
IPOはゴールではなく、資本市場との対話の始まりです。だからこそ、上場前から自社の存在意義や提供価値を確認し、企業価値が生まれる構造を可視化し、価値創造ストーリーとして、投資家に伝わる言葉を準備しておくことが重要です。
全4回にわたり、お読みいただきありがとうございました。
【連載全4回の目次】
第1回 | IPO準備で作る「価値創造ストーリー」とは
第2回 | 成長可能性資料の書き方
第3回 | ロードショーマテリアル(ロードショー資料)の組み立て方
第4回 | 上場後IRの始め方(本記事)
IPO準備から上場後IRまで、一貫してご支援します
成長可能性資料・ロードショー資料の作成、価値創造ストーリーの整理、MVVの見直し、上場後のIR体制構築まで—。響きパートナーズは、IPO準備企業の各段階に応じたご支援を行っています。「何から手をつければよいか分からない」という段階からのご相談も歓迎です。
響きパートナーズ株式会社

響きパートナーズは、スタートアップの創業期から成長期にかけての様々なステージにおける経営サポートと実務支援を行なうコンサルティング会社です。
TN works代表 小宮山 直子
一橋大学法学部卒。日本IRプランナーズ協会検定会員(CIRP)。
企業の経営管理、経営企画、IPO準備などの実務を通じ、組織の価値をどのように捉え、社会や多様なステークホルダーに伝えていくかを、企業の現場で考えてきた。株式会社 KPMG FASを経て独立後は、統合報告書やサステナビリティレポートにおけるCXOメッセージ、インタビュー記事をはじめ、経営戦略、事業内容、ガバナンス、理念・方針などの言語化を支援。経営構造や事業の背景を読み解き、企業に内在する価値を可視化し、伝わる情報へと整理することを専門とする。